keroyonの『日々精進』日記

わたくし、keroyonの日々精進日記です。

易経#9<自然の中で生かされる>

こんばんは。keroyonです。また、日が変わってからの更新になってしまいました…。
…マタヒヅケ、ヘンコウシナイトネ...

 

繋辞上伝を読んで「あまり日常生活に応用できそうにない」と思ったのですが、易の世界観は、とても大きくて、こまごましたことにイライラしているkeroyonには、漢方薬のように、じんわりやんわり効き目がある気がしてきました。

 

この感覚を具体的に言うと…

…高原で満天の星を見た感じ? 波照間島で夕日を見た感じ? …ワカラナイヨネ(>_<)...


とにかく、太刀打ちできない自然の大きさを目の当たりにした感じかなぁ。


で今日は、繋辞上伝の中から、そのような「易経の世界の大きさ」が分かる一文を抜き出して並べてみたいと思います。…チャレンジ!

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■人間の行ないも、乾のように易く自然であれば、(略)何人にも知り易いものとなる。またその行いが坤のように簡であれば、(略)万人これに従い易い。[第1章]

 

■吉凶悔吝の四つは四季のごとく循環してやまない。[第2章]

 

■易の示すところは天の法則であり、人の運命である。(略)運命を知って、それがいかなる物であっても、喜んで受容すること、それが天を楽しむことである。だから、易は憂えるなと教える。(略)易は人に、それぞれの地位に安んじ、利己的欲望に駆られることなく、天地のごとく仁徳に厚くあれと教える。(略)[第4章]

 

■一陰一陽というのは、陰があれば必ずそれと対応する陽があり、(略)陰が退くとき陽が現れ、陽が隠れれば陰が進むというふうに(略)循環するという意味である。
一陰一陽するのが天の道であり、ひいては易の道である。[第5章]

 

■易の広大さは天地の広大さに合致する。易の陰と陽が互いに変じ、陰陽相通ずるのは、四季の変化し流れてやまないのに似ている。陰と陽が交代して、或いは暗く或いは明るくなる宜(よろ)しさ(=義)は日月の運行に似ている。[第6章]

 

■(易は)ごたごたしたものの中に法則を操り、隠微な世界に捜索の手を伸ばし、深みに釣り糸を垂れ、遠いものを引き寄せ、そして天下の吉凶を定め、天下の人々に努力させるようにする。[第11章]

 

■天地の陰陽の気は変化して万物を生むが、聖人はこれを模倣して易の陰陽の原理を立てた。[第11章]

 

■文字は言いたいことを述べ尽くし得ない。またことばは心に思うことを言い尽くし得ないものである。(略)けれど象徴はもっと深いものを示し得る。(略)八卦の象を樹立して、(略)言葉の伝え得ない深意を尽くそうとした。さらに(略)六十四卦を設けて事の真偽を尽くし、(略)言いたいことを言い尽くそうとした。[第12章]

 

■易を学ぶ者は、卦と辞と変通に即して、聖人の微意を知り、易を生活に役立て得るであろう。ただし易は(略)小人が利欲のために利用しようとしてもうまくいかない。
易の神秘にして明察な効用を十分に発揮させ得るかどうかは、一にかかって利用者の人格如何に在る。
もし徳行の優れた人ならば、易が教えを垂れずとも、おのずと卦の説く徳が心中に形を成すだろうし、易の占いによるお告げを待たずして、その人の直感はぴたりと易の理に符合するものである。[第12章]

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うぁ、いっぱい書いたデス。お付き合いありがとうございます。

 

結局、

  • 陰と陽は移り変わり、悪い時期は長くは続かない。(良い時も永遠ではない)
  • 生活はごたごたしているが、真意は、単純である。
  • いろいろあっても、憂えるな。

とkeroyonはイメージしました。

このことを一日考えていたら、ほんわか心が柔らかくなった気がしました。
…トクニ、コドモニタイシテ・・

 

引き続き繋辞下伝、読んでいきます。

ではまた明日。がんばりましょね~🍀🍀🍀

 

 

 ※出展: 本田濟 著 「易」 朝日選書

 

易―中国古典選〈10〉 (朝日選書)

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