keroyonの『精進なんてやーめた』日記

精進はとうの昔に諦めた、忘れん坊の備忘録。あることないこと?晒してます。

「切磋琢磨」詩経から論語へ<論語#21><詩経#5>

こんにちは。keroyonです。
先日…、

zaihamizunogotoshi.hatenablog.com

 

この記事をUPした時に、BEのぶさん(id:casemaestro89)からこんなコメントをいただきました。 

 そういえば、そうだった。「論語」の中に「詩経」が取り上げられていたなぁ。
…忘れてました(>_<)。

 

詩経は、

西周時代、当時歌われていた民謡や廟歌を孔子が編集した(孔子刪詩説)とされる。

詩経 - Wikipedia (18/4/1引用)

 

なので、孔子論語の中で詩経を引用しているのは、至極まっとうなのですが、どんなことを参照しているのかなーと興味がわき、少し調べてみました。

ざざざっと、目で探しただけなので、ぬけぬけだとは思うのですが、BEのぶさんの文章も含め、今のところ4か所発見。

一つずつ紹介できたらなぁと思います。

 

今日は「切磋琢磨」の話です。

 

論語は、巻第一 学而第一 15から。

子貢がいった、「貧乏であってもへつらわず、金持ちであってもいばらないのは、いかがでしょうか」
先生はこたえられた、「よろしい。だが貧乏であっても道義を楽しみ、金持ちであっても礼儀を好むというのには及ばない」
子貢がいった「詩経(衛風淇奥篇)に『切るが如く、磋るが如く、琢つが如く、磨くが如く』と(いやがうえにも立派にすることを)うたっているのは、ちょうどこのことでしょうね。」
先生はいわれた、「賜よ、それでこそいっしょに詩の話ができるね。(略)


参照先の「詩経」衛風から、淇奥の詩はこちら。

淇奥(きいく)

 

淇水の隈を見渡せば 緑の竹ぞうるわしき

おおうるわしきこの君は

骨切るごとく象牙(きさ)磋るごとく

玉琢(え)るごとく石磨(す)るごとく

おごそかにまた僴(たけ)く かがやかに咺(あきら)けし

おおうるわしきこの君は 民(ひと)皆永くわすれかねつ

 

淇水の隈を見渡せば 緑の竹ぞ生い茂る

おおうるわしきこの君は

宝石(たま)の耳あて きらめく弁(かんむり)の飾り

おごそかにまたたけく かがやかにあきらけし

おおうるわしきこの君は 民(ひと)皆永くわすれかねつ

 

淇水の隈を見渡せば 緑の竹ぞ簀*1(すのこ)なす

おおうるわしきこの君は

金(こがね)のごとく 錫(すず)のごとく

圭*2(たま)のごとく 璧(たま)のごとく

おおどかにのびやかに 重較*3(かざれるよこぎ)に寄り給う

よく謔*4(たわむれ)たまえども つゆ虐(はげ)しきをなし給わず

 

*衛の武公を讃える歌。(略)武公は年95になってもなお国中に諫言(かんげん)をもとめ、懿戒(いかい)の詩を作って自分を戒めたといわれる。この詩はこの切磋琢磨の功を積んだ君子をほめる頌徳(しょうとく)の歌であろう。

 

*1 簀:緑竹がすのこのように並んで密集していること
*2 圭:上方が円くて下方が四角な玉
*3 重較(かざれるよこぎ):車の上の横木で、手を寄りかからせるもの。それには飾り木がついている。
*4 謔(たわむ)れ:冗談はいっても、人をしいたげるようなことはせぬ、謔と虐とのことばのあや。

 

そのほかの語句解説です。

懿戒(いかい)の「懿」:(品性・行ないが)立派である,すばらしい
 懿の意味 - 中国語辞書 - Weblio日中中日辞典 (18/4/1)

頌徳(しょうとく):徳をほめたたえること
 頌徳(ショウトク)とは - コトバンク  (18/4/1)

 

いやー、切磋琢磨したものは、骨だったり象牙だったり石だったりした、というのも発見だったのですが、武公が、95歳になっても他人の意見に耳を傾け、自分をいさめたというところが最も感動しました。

 

そろそろ人生の秋に差し掛かっているkeroyonですが、武公から見たら、まだまだ赤んぼですね(*´▽`*)。これから日々精進で十分間に合いそうです。ヨカッタ。

 

今日も長くなりましたが、おつきあいくださりありがとうございました。

今日から4月。新たな年度の始まりです。
よい一年になると良いですね。

明日からの一週間も、よい一週間になりますように~🍀🍀🍀。

 

 

※出展:訳注者:金谷治 「論語」 岩波書店
    目加田誠 訳 「詩経・楚辞(中国古典文学大系15) 」 平凡社

 

論語 (ワイド版岩波文庫)

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