おはようございます。keroyonです。
一応、ゆるゆると礼記読み進めています。礼記にもね、あった、温故知新。
中庸第31から
言行に中庸を得るようによく注意をして、何事にも不足のところには大いに努力をし、出過ぎるところには遠慮をして、物を言うときは行いを顧み、事を行うときは言っておることを顧みる。
(略)
君子は、上位におれば部下を苦しめず、下位に居れば上長を妨げず、自己を正しく保って人々に迷惑をかけない、という心がけでいるから、特に人を恨むこともない。すなわち上は天を恨みず、下は人を咎めず、という心境である。
こうしたわけだから、君子は常に安定した立場を守って、天命に逆らわない。ところが小人は冒険をやって万一の幸運を狙う。ー孔子はこういっている、「弓射の道こそは君子の心がけにかなっている。もしも的を外したなら、ただただ自己の射法を反省するのである。」
(略)
実際の生活においては中庸を旨として、人びととよく調和している。従って君子はまた、故いものを温めて役立てるとともに、新しいものを知って利益を増すことに努め、人に親切を尽くして礼を尊び、上位の居ってたかぶらず、下位に居れば上に従う。
こうして君子は、もし国に道理が通るならば、明らかに意見を出して国の興隆を助け、もしその国に道理が通らない時には、沈黙して身を安らかに保つことができる。詩に「既に明にして、かつ哲、以ってその身を保んず」とあるのはこれを言うのであろう。
論語にも *1 あったけど、太字のところ心に刻んで行動したいなぁと思ってます、ハイ。思ってるだけ。
「もしも的を外したなら、ただただ自己の射法を反省するのである。」
ここもね、こういうとこに響いちゃうから、自分を責めたり反省ばっかり!?のkeroyonですが、改めて『言行って大事だなぁ』ということがあって。
知り合いで、すごくいい人がいるんだけど、たまに一言多い時があるんだよね。
→人のことなんて、ぜーんぜん言えないけどσ(^_^;)。
そのたった一言でさ、私の中の「その人の評価」が、だーって下がっちゃった。
世間話だったとしても踏み越えちゃいけない線があるんじゃないかなぁって。
でもよく考えたらさ、口にしないだけで心で思ってるかも知れないのにね。
口に出さなかったら、評価高いままなんだよ。
へんちゃへんだよね。
言ったから評価が下がった…
→言わなきゃわかんない!?
人の評価って多分そんなものなんだろうな。
高い評価が欲しいと思ったら我慢しないといけないこともあるってことだろうね。
評価とか書いてるけど、人が勝手に査定してるだけのことだから、逆の立場だったらそんなのクソくらえだ。
思ったこと言うし、書きたいことを書く。
…孔子さまはこんなこと言おうとしたんじゃないのに…。
Keroyon
追記:その人、仕事してもらってる立場だから、仕事受けてる人のことを冗談でも下げた発言が、許せなかったのかも知れないです…。
時効時効!
zaihamizunogotoshi.hatenablog.com
引用:竹内照夫 訳(礼記)、平凡社「中国古典文学全集3 論語 孟子 荀子 礼記(抄)」
*1:論語のエントリもありました。
論語#15<周りの理解が得られないとき> - keroyonの『精進なんてやーめた』日記