ただのメモ。

悩みとグチと苦労と不幸と幸せは、気持ちの問題。それぞれに相関はないんだよ。

不満がなければ犯罪は起きない!?<老子#4>

おはようございます。keroyonです。

毎日いろいろな悲しい事件が起こりますね…。

そんなニュースを見ていて、「あー、賢人が(世の中を治めるために)何か言ってたなー」というのを、また思い出したので書いてみよう。

 

老子先生の第3章からです。

人君が才能あるものを尊重しなければ、人民は争わないようになる。
人君が珍しい財宝を尊重しなければ、人民は盗みをしないようになる。
人君が多くの欲望を持たなければ、人民は乱れなくなる。

 

そういうわけで聖人の政治は、心を単純にさせて腹をいっぱいにさせ、こころざしを弱めて筋骨を丈夫にさせ、いつでも人民を無知無欲の状態におき、あの賢(さか)しらな者には行動させないようにする。無為によって事を処理していけば、治まらないことはないのだ。

 

はじめこの文を読んだときは、前文がひっかかって、「えー?賢い人を尊重しなくていいのかー」と思い、反発していたのですが、大事なのは後半ですかね。

必要な環境を整えれば、人民はわざわざ罪を犯すようなことはしなくなる。

 

いつの時代も、万人が満足する世の中ではなかったかもしれないけど、限られた枠内で、楽しみを見つけて生きてる人が楽しそうだなぁと、韓国歴史ドラマの、「奴婢の身分でも楽しもう」と生きている姿に心打たれたことがあります。

 

幸せは自分で掴むものであって、人から与えられたり強制されたりするものじゃない。
間違っても、日本を運営している人からこんなこと言われたくない。

自民・二階氏:「『産まない幸せ』は勝手」 講演で発言 - 毎日新聞

 

あのー、植物でさえ、自分の命が危機状態の時には生殖活動しないんですけど。*1*2

keroyon

 

引用:蜂屋邦夫 訳 「老子」 岩波書店
※漢字、かな、改行など変更しています。

老子 (岩波文庫)

老子 (岩波文庫)

*1:畑の野菜の話です…。実がつかない…。

*2:そっか。憲法上、最低限の保証はされているはずだから、「畑の野菜のように食うに困る人」はこの日本にはいない、ということかな。