もやもやしたので書くしかない…。
この記事は秀逸です。法務省のデータに基づいて冷静に分析・記述されており、敬意を表します。
けっして物申すつもりはありません。…理性的には。
しかし、感情的にはもやるんです。
バルク的に「無差別殺人の犯人」と一絡げにして、論じる辺りが。
それぞれの犯人が抱えたものは決して同じじゃない。なのに結果からまとめて結論付けることは、間違った方向に結論付けるものじゃないかと、不安になるのです。
上手く言えないけれど、
- 咳がでる
- 熱が出る
- 鼻水が出る
だったら、8割の人が風邪だから、とりあえず風邪薬…。みたいなイメージ。
肺炎かもしれないし、溶連菌かもしれない。肺がんや肝炎かもしれない。
患者の主訴だけで第三者が判断するならこういう結論ありがちですよね。(テキトウに書いています。私は医者ではありません、すみません)
そんな気がするのです。もう少し丁寧に見る必要があるのではないかと。
だから?
私はどうしてほしいの?
そうね…、人それぞれ、レベルが違うから、理解の広さも深さも違う…。そこは仕方がないと思います。
人それぞれ自分のレベルで想いを致すことが大切なのじゃなかろうか。
そして、私のこの違和感も発信することが大切なのじゃなかろうか。
筆者ご自身も、冒頭では
私としては、「うんうん、決めつけは良くないよね」と思う一方で、「やっぱりこういう人が・・・」という思いもあります。私の中にも偏見があるのでしょうか。
とおっしゃっていましたが、まとめでは
引きこもりは、無差別殺人犯を生む一部の要素を満たしているにすぎません。したがって、彼らを犯罪予備軍のような目でみるのは大きな間違いです。それよりも、どうしたらこのような悲劇がおこらずに済むのか考えたいところです。
とお考えが変わっていったのは素晴らしいことです。
私はおそらく、筆者さんよりは犯人よりなのだと思います。
そして、「俯瞰するとこういう傾向がある」かもしれないけれど、私の感覚では、年齢、性別はまったく関係ない。
- 個々のストレス耐性という、マグカップがあって、
- 脳内の不安感や環境の生き辛さ、人間関係や仕事など、ストレスという液体がカップに満たされていき、
- こぼれた瞬間、ことが起きる。
そう思うのです。何がおきるかは、
- 外に向かうか・内に向かうか、
- 激しく出るか・静かに出るか
の違いだけで、「無差別殺人」は、外に向かう過激なタイプだという気がしています…。
私には何もできないよ。
こういう感覚と無縁な方に、「こういう感覚があるのだな」と少しわかっていただけると嬉しいかな。そして、私が思うに、「こういう感覚と無縁な方」はおそらくマグカップが大きいだけであって、やはり容量を超えることは誰にでもあると理解されたほうが、生きやすくなるような気がしています。違うのかな。(素人です)
今日は文章ダダ漏れ。
keroyon