ただのメモ。

悩みとグチと苦労と不幸と幸せは、気持ちの問題。それぞれに相関はないんだよ。

老害のタネをみた!?

おはようございます、keroyonです。

なんだか、老害のタネの一つを見つけたような気がして記録してます。

 

たまたま機会があったので、こじれてる友人のことを、経緯を知ってる友達に相談したのね。
その子の言うことをまとめると、どうも「承認欲求が満たされな」いところが根っこにあって不満なんだけど、keroyonのいうことは素直に受け入れることはできないらしい。

 

まあいろいろあったからねぇ。
要は価値観の違いなんだよね。

 

その違いを埋めないと、修復できないのはわかる。でも聞く気もないようだし。
本人に任せるしかない。

 

もしかして…

価値観の違いが永遠に埋まんなくて、いろんな人に「なんでわからんのだー、キィー!」って暴れる!?→老害

結局、分かり合えなさなんじゃないかと。
…単純化しすぎですかね。

 

友人の件は、私が理解すればいいのかもしれないんだけど、私にも何考えてるのかわかんないんですよねー。詰み。

 

そういえば、こんなことも。

 

たまたま行った神社に恋愛成就の絵馬がかけてあって、「男性・男性」「女性・女性」ぽい名前の絵馬がいくつかあったのね。
それに特別な?興味を示す人たち。中高生までも「これ女と女だぜー」とか言ってた。 
田舎だからかな?

 

異なる価値観があることを知ることすら難しいのかなと。
知っても理解できるとは限らないというハードルもある。

 

違う価値観が理解できないなぁと実感したのはこの記事。

はてなブックマーク - 僕がアムウェイから学んだこと │ アムウェイから学んだこと
…騙された感あったからブクマをリンク。

おまけに、自分が生きて学んだ価値観は、座学よりも圧倒的に強力。
だから、老害は程度問題はあれど、誰にでも起こりうることなんじゃないかなぁと感じた次第です。

 

心理学者のエリクソンは高齢期の目標を「英知・絶望」とまとめたらしいけど、英知にたどり着くのは、おそらく一握りの人。

甘棠(かんとう)の愛とは。<詩経#3> - keroyonの『精進なんてやーめた』日記

の召伯さんとか。

 

中年期の下り坂を降りつつあるkeroyonだけど、細胞の一つ一つが劣化していってるんだよね…。柔らかい脳みそでありたいとは思うけど、皮膚だけ見ても、水分減ってくるしシワは増えてくるし、身体中柔らかさが減ってくるのは止められない…。

脳みそが筋肉でできてたら、鍛えたらいつまでもいけそうなんだけどな。
いやいや、脳みそが筋肉って…冷静にコワイし…(>_<)。

 

中年期の下り坂の葛藤を乗り越えていない人に、老害を責める資格はないような気がしてきたんだよね。
(追記:できたことができなくなると言う観点からいえば、病気や障害も同類の葛藤かと。)

 

時代の価値観についていけてない罪は重くて断罪されるべきものなのかもしれないけど、敬意をもって断罪されたいなぁと感じたこの数日。
Keroyon

 

…老化は進んでいますが、老化を遅らせるような努力は全くしていないので、もしかしたら止められる方法はあるのかもしれません。