ただのメモ。

悩みとグチと苦労と不幸と幸せは、気持ちの問題。それぞれに相関はないんだよ。

どういう大人になる?

人生半世紀を目の前にして、「どういう大人」もこうもないとは思うけど、近い将来だからこそ町で見かけるいろんな先輩方に感じたことを。

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先日のマックでの出来事。子どもと二人で出かけたのだが、偶然コーヒーサンプリングをしていて、コーヒーが一杯無料でラッキー♪

私達が食べていると、パーティションの向こうに60代前後と思しき先輩方が6人。驚いたことに、トレーにたくさんのコーヒーカップ!?(カップ数にして10はあろうか)。おまけにコーヒーしかない。

「『後から人が来る』とか言って、あんなにもらったのかなぁ」

が、人は来ない。
よく聞いてみると、「あんたもっと飲んだら?」「もっともらってこようか」「飲めなかったら持ち帰ればいいし」

はぁー?一人一杯のルールだろ?
そりゃ、店側としては、暴力振るわれたりしたら面倒だから、「後からくる」等、疑う余地がないうちは出すよ。でも好意につけこみすぎだろ。周りに子どももたくさんいるお店だぜ?

あまりの社会性のなさに…唖然。どんな価値観してんだ。

 

ああいう大人にはなりたくない。

 

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友人のお舅さんの話。お姑さんの介護を手伝ってもらおうと、お舅さんにお願いしたところ…、「おれにはできん。自分のことは自分でやらせろ。息子にもそんなことをやらすな」と言われたらしく、「夫にお願いしてもいいのかなぁ」と。

「あー、頑固な明治爺だね。そういう価値観の時代は終わってるよ。昭和どころか平成も終わるんだし。お舅さんは無理だと思うが、夫さんには別の考えがあると思うから聞いてみたら?」といっておいた。

聞くとその爺さん、たっしょんが好きらしい。家にいてトイレがあるのにわざわざ外にでて、人の田んぼにたっしょん。周りに迷惑(そら迷惑だ。田の持ち主も周囲の住民も)だから、やめてほしいといっても「これが男の甲斐性だ」というそうだ。そうなのかな?

また、自分の車を車庫にとめようとして私の友人の車をこすった時、傷の位置も塗料等、どうみても状況証拠はそろっているのに認めようとしない。

「俺はやってない。記憶にないことをおれのせいにするな」

凝り固まった価値観。
記憶になくったって100%状況証拠がそろえば「あれ?気付かなかったのかな?私がしたかな?」と思いたい。

 

ああいう大人になりたくない。

 

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今日のももはなさんのエントリを読んだ。

食べ終わった食器は、子供達も入れた皆で洗う。
だから子供達に何も教えなくてもキレイに食べる。洗う時…嫌だからね………
子供達の歳が階層になってるので自然に年下の子は年上の子の真似をして覚えていく。

この総務子会社は…ヒエラルキーを持たない不思議な集団。
あらゆる事をその場にいる人間全員で解決していく。(略)

ここは…仏陀(悟った人)『専務』の作り上げた一つの本来あるべき姿の原初仏国土なのかも知れない……

 本来あるべき姿の原初の仏国土は…私の前に在る - 死体を愛する小娘社長の日記(181024引用)

 

…。
「お客のいうことはきくやろ」というような社会性のなさ驕り、「家族の介護は嫁の仕事」というような凝り固まった価値観とは無縁の世界。

 

こういう大人に私はなりたい。

 

keroyon

 

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